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2016年9月2日金曜日

「大先生」

広告界の先駆者に土屋耕一大先生というという名コピーライターがいた。

すでに亡くなっているが、軽妙にして酒脱、優雅にして風雅、そして正宗の名刀のように時代を鋭く切った。特に伊勢丹、資生堂においての名作は歴史に残る。
その中に「テレビを消した一週間。」というのがあった。
テレビ全盛時代、テレビに釘付けの時代に、やんわりとファッショナブルに一週間テレビの前から離れてみようと提案したのだ。
今ならツイッターやライン。スマホやパソコンなどから一週間はなれてみようということだろうか。

沖縄の友人のホテルにはテレビがない。どこにもない。
30日東京を出発して2日間まったくテレビという存在に気づかなかった。
ということはアタマに来るニュース、嫌なニュース、不愉快なニュース、悲しいニュース、無惨なニュース、怖しいニュースなどに一切出会うことがなかったということであった。これ以上なく新鮮であった。
新鮮な魚貝類、新鮮な昔話、新鮮な沖縄民謡と親娘三人による沖縄の踊り、そしてホテルオーナーの友人との新鮮な会話。気持ちいい夜風、夜空にたくさんの星、じゃれつく二匹の猫、イギリス人ミュージシャンのR&BのCD、ジャックダニエルと友人の喫うパイプの香り。昔話は何度も話すのが常だがそれが楽しい。
テレビがあるのをつけないのと、そもそもテレビがないのは違う。
人生について、夢について、映画、音楽、恋愛、結婚、離婚や友人の死について語り合った。
酒が入った会話というのはほぼ80%がム・カ・シ・バ・ナ・シである。
「サプール」というコンゴ人のファッション写真展もみたし、「ナビィの恋」も生で聞けた。
新聞も買わずに空港の待合室のテレビをみたら、北海道の大洪水のニュースに直面、あっという間に現実の世界に入った。次々と大災害のニュース、想定外、情報が入らない、水がない。まさかこんなことになるなんてと学者や役所、そして国の責任者。
毎年繰り返されるシーンだ。“デ・ジャヴ”だ。
亜熱帯化された地球は確実に狂暴化している。神も仏も熱中症だ。

東京都知事小池百合子氏が性力的否精力的に動いているシーンもあった。
役人は外部の人間による動きには異常に敏感だ。
“桂馬の高転び”ということわざがある。調子に乗り過ぎると役人という人事と金が命の生き物は深く静かに潜航して密告者となる。
テレビを見るとやはりよくない気分となる。

「テレビを消した一週間。」土屋耕一大先生は文明批評家でもあった。
「こんにちは土曜日くん。」は週休二日制を生み、「ああ、スポーツの空気だ。」では、スポーツ社会を生んだ。

今、ご存命ならなんと書いただろうか。

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