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2018年1月17日水曜日

「小説とは」

あなたは昨年の芥川賞作家、直木賞作家を憶えていますか(?)私は忘れています。昨日両賞の受賞者が発表になった。正直私には興味はない。
とはいうが私は天邪鬼なので隠れて読むかも知れない。芥川賞も直木賞も無理矢理年二回も審査して、受賞者を出して書店を活気づけようとしているのに過ぎない。
かつて太宰治は審査委員の文豪に、「どうか芥川賞を私にとらせてください」そんな手紙を書いた。
それ程文学を志す作家にとって欲しい賞であった。
受賞作なしということも多くあった。
活字離れの世の中は出版不況となり、無理矢理かさ上げした文学が世に出て、かえって文学離れしたと私は思っている。マンガ家や劇作家の作品の方が、発想が斬新であり、空想と奇知に富んでいる。
そして人間の抱えている重大なテーマに取り組み、そしてその先きを、暗示している。
文学を超えてしまっている。
昨夜帰宅した後2012年にBS TBSで放送された、作家開高健のドキュメンタリー番組の録画DVDを見た。
竹籠の中に取って置きのDVDがゴッソリある。
吉本隆明、小田実、遠藤周作を前日、前々日と見ていた。
で昨夜は、開高健が生前モンゴルの河に大魚”イトウ”を追い求めていた地を小林薫が訪れる。
河は厚く氷り、小林薫は宇宙旅行士みたいになる防寒服を着ている。このDVDは数度見ている。
このところどんどんオバカになっている自分を感じ、アタマの体操をする。
脳内が煮過ぎたおもちみたいにグニャグニャになっている。インプットをしないと、アウトプットは出来ない。「美と巨人」「美の壷」「日曜美術館」「Eテレ特集」等々、竹籠七個分を一気に見て行く。
さて、二時間の開高健のドキュメンタリー番組の中で、小説とは、という問いに、開高健が答える場面がある。「人間は変わらないが、人間の言葉は変わる。

小説家が100人いれば100人の小説がある。
それが何かとひとつの言葉で言うなら、それは、”助けてくれ”だろう。
小説家はあらゆる小説の中で、助けてくれを書いている」とまあ開高健先生はこんな意味のことを話した。
五十八歳没。
今の時代に生きていたらどんな小説を書いただろうかと思った。
開高健はベトナム戦争の戦場に従軍記者のように行き、200人の大隊が17人になってしまった壮絶な体験をして、精神を病んでしまったのだろう。
猛烈な躁と鬱を公園のギッタン、バッコンのように繰り返した。
作家をこよなく愛し続け応援をした、盟友の広告代理店の社長に死の間際小さなメモ書きを渡した。
翠国飲店の飲茶と震える字で書いた。
グルメにしてグルマンの開高健は、何より飲茶が好きだったと盟友の社長は語った。元サントリーの宣伝部制作室長だった床波氏は「闇の中の蛍」みたいな人だと語った。
今の世の中どうだろうか、みんな、”助けてくれ”と言っているように私には思える。
改めて芥川賞、直木賞のお二人におめでとうと言いたい。
若者よ恋に火となり、愛に炎となり、合体して燃え尽くせ。そして文学に挑め。彼の国の病的な大統領がまい日のように、世迷い言を発している。
どうしようもないバカを相手に”助けてくれ”とみんな思っているだろう。
我が国にも、隣国にもそれに近しい者がいる。
ハワイでは先日ある警報にみんな助けてくれとパニックを起こした。(文中敬称略)



※画像はイメージです。


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